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2008年07月06日

七夕

1日早いけど明日は七夕ですね♪
七夕の歴史は日本書紀に持統5年7月7日に「公卿に宴を賜り朝服を給された」の記述がありこれが初めての公式的七夕の記録ではないか?と言われています。
(えっと話がメチャそれますが7月3日に持統天皇は吉野に行き12日に帰ってきています。どうもこの七夕の宴をしに吉野に行ったとしか思えないのですが何の意味があるのでしょうね。そして戻った次の記述は15日「使者を遣わして広瀬大忌神と竜田風神とを祭らせた」とこられた日にはこの一連の記述にはどんな意図があるのだろう?と空想が広がって止まりません。この頃の持統天皇は頻繁に吉野を訪れ頻繁に何かを下賜したり、頻繁に広瀬・竜田神社を祭っています。彼女の行動の裏にはどんな歴史が隠れているのかなぁ!)
以降奈良時代には七夕を行事として宮中で執り行っていたのが他の行事や習慣と同じように平安時代には貴族階級に浸透し、武家の時代に武士に浸透し、江戸時代中期から庶民に浸透したようです。

万葉集から
天の河 棚橋わたせ 織女の い渡さむに 棚橋渡せ
(何てロマンティックでステキな歌なんでしょうねハートたち(複数ハート)私も彦星に会うための棚橋がほしい〜って、そーいう問題じゃないかあせあせ(飛び散る汗)
もうひとつ
織女の 今夜逢ひなば 常のごと 明日を隔てて 年は長けむ
(こっちはちょっと悲しいですよね。今宵一夜の逢瀬のあとはまた離れ離れになって長い1年を待たなくてはいけないつらさを感じます)

この歌を見るともう万葉の時代から七夕は甘く切なくロマンティックな行事だったことがうかがえますね。
皆様はどんな七夕をお過ごしでしょうか??

PS テンプレは織姫と彦星が出会えるように霧多布岬の夜空にしてみましたぴかぴか(新しい)

PSのPS ただいま篤姫終了。今日の篤姫は七夕チックでしたね。
来週はティッシュ片手に見ないとダメかも〜〜


☆ここでティータイム☆
いよいよ洞爺湖サミットが始まりますね。都心は厳戒態勢です。
どこからこんなにお巡りさんが出てくるの?ってくらいたくさんいますし、ごみ箱はなくなっちゃうし、コインロッカーは閉鎖中。
「協力お願いします」のアナウンスではバッグや手荷物を確認することがございますが承知おき下さい、と言ってます。
早く無事に終わると良いな。

今年はいろいろなことが動いている年のようでジェットコースター的1年、と自分で銘打ってますが今日訃報が入ってきました。
4月の中旬に大腸ガンを宣告され気がついた時には肝臓にも転移。末期ガンだったので一切の治療を拒み自宅で静養されていましたが今日亡くなりました。
医者は余命3か月の診断でしたが正確なんですね……。
あくまでも少しでも長く生きるために治療をするのか、静かに死を迎えるのか。
自分だったら延命治療はしたくない、いや、でも子供や孫(がもしいたら)を1日でも長く見守りたい?とかいろいろ考えさせられたこの方の生き様と死に様でした。
もし、余命3か月と診断されたらどうするのかな?
しかし、自覚症状はあったはずで我慢していたことが発見を遅らせたみたいです。
お忙しいブロガーの皆様が多いことと思いますが自分の体は労わって、体の声を聞いてあげましょうね。
明日は最後のお別れに行ってきます。

最後に気分を変えて!府中本町の大国魂神社に行った時結婚式をやっていました。
思わずパチリと撮った1枚です。
巫女さん、かわいいですよね〜〜
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posted by jasmintea at 12:03| Comment(12) | TrackBack(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする
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